失敗しない訂正報告書の作成実務③

過去の財務諸表における誤謬が発見された場合、従来の日本の会計基準では、過去の誤謬を前期損益修正項目として当期の特別損益で修正されていましたが、過年度遡及会計基準においては、次の方法により「修正再表示」を行うこととなりました。

過去の誤謬に関する取扱い(「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」第21項)
21. 過去の財務諸表における誤謬が発見された場合には、次の方法により修正再表示する。
(1) 表示期間より前の期間に関する修正再表示による累積的影響額は、表示する財務諸表のうち、最も古い期間の期首の資産、負債及び純資産の額に反映する。
(2) 表示する過去の各期間の財務諸表には、当該各期間の影響額を反映する。

ここで、過去の誤謬の訂正と訂正報告書との関係について整理しておきます。
過去の誤謬を修正再表示するかどうかの判断にあたっては、その項目が財務諸表利用者の意思決定への影響に照らした重要性が考慮されます。

重要性(「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」第35項)
35. 本会計基準のすべての項目について、財務諸表利用者の意思決定への影響に照らした重要性が考慮される。
重要性の判断は、財務諸表に及ぼす金額的な面質的な面の双方を考慮する必要がある。金額的重要性には、損益への影響額又は累積的影響額が重要であるかどうかにより判断する考え方や、損益の趨勢に重要な影響を与えているかどうかにより判断する考え方のほか、財務諸表項目への影響が重要であるかどうかにより判断する考え方などがある。 ただし、具体的な判断基準は、企業の個々の状況によって異なり得ると考えられる。また、 質的重要性は、企業の経営環境、財務諸表項目の性質、又は誤謬が生じた原因などにより判断することが考えられる。

一方で、重要な事項の変更その他公益又は投資家保護のため訂正の必要があると認めた場合には、訂正報告書を提出しなければならないとされています(金融商品取引法24条の2、7条参照)。
一般的には過去の誤謬を比較情報として示される前期数値を修正再表示することにより解消することはできないと考えられることから、金融商品取引法に基づく開示においては、修正再表示に先立ち、訂正報告書が提出されることになると考えられます。
過去の誤謬の重要性と修正再表示、訂正報告書の提出の関係を図に示すと以下の通りとなります。

過去の誤謬の重要性

限られた短い期間で複数期に渡り訂正報告書を作成する場合、想像以上に多くの実務負担が発生するものです。ですから、過年度財務諸表の遡及修正を行う場合、実務上は、どの期間まで訂正報告書を作成しなければならないかについて、早い段階で判断を行い、方針を決定することが非常に重要となります。

また、財務局への事前確認は必要かと思いますが、前期の比較情報としての財務諸表を修正した場合に、必ずしも前期分の訂正報告書を作成しなければならないというわけではなく、前期の財務諸表数値を修正するのみで訂正報告書の提出は行わないというケースもあります。あくまで投資家保護の観点からどの範囲まで訂正報告書の開示が必要かを提出会社が判断することとなるのです。
一方、重要性の判断に基づいて、過去の財務諸表を修正再表示しない場合は、損益計算書上、その性質により営業損益又は営業外損益として認識するものとされています(「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」第65項参照)。

最後に、会社法計算書類との関係についても解説しておきます。
会計基準上、過去の誤謬による修正再表示を行ったからといって、確定済みの過年度の計算書類が直ちに修正されるわけではありません。
過去の誤謬に重要性があり、過年度の会社法計算書類も修正を行う必要があれば、監査及び株主総会等の承認等の確定手続を全て行った上で、過年度の計算書類の修正を確定する必要があります。この場合、過年度の分配可能額にも影響が生じることになります。このように過去の確定決算数値を修正するケースは、実務上は極めて稀です。
一方、過去の誤謬が会社法上重要ではない場合には、確定済みの過年度の計算書類の修正は行わず、当期の計算書類は、当期の期首残高として、前期末の期末残高に誤謬の修正の累積的影響額を加えたものを用いて作成されることになります。実務上は、このケースが一般的です。

このように、過年度の財務諸表の誤謬が発見された場合、遡及修正をどこまで行うか、そして訂正報告書をどの範囲まで提出するかにつき、早期に判断し、当該誤謬に関連する注記情報等への影響を調べることが必要となります。過年度財務諸表の遡及修正を伴う訂正報告書の作成実務においては、このように過去の誤謬の重要性を関係者で協議のうえ判断し、訂正報告書の対象期、訂正範囲を早期に決定できるような体制を構築し、関係者との交通整理や明確な指示出しを行うこと等が肝心です。

失敗しない訂正報告書の作成実務②

株式会社東芝の2014年度の決算日は、2015年3月31日。ですが、第三者委員会による不適切な会計処理等の指摘を受け、決算数値の確定をすることができず、2度に渡り関東財務局長から提出期限延長の承認を受け、2015年9月7日にようやく有価証券報告書が提出されました。これは、法律で決まっている本来の提出期限を大幅に超えてしまっています。

今回は、この有価証券報告書の提出期限と、延長申請のルールについて解説します。

有価証券報告書の提出期限は、金融商品取引法第24条第1項に記載があります。

”第二十四条  有価証券の発行者である会社は、・・中略・・内閣府令で定めるところにより、事業年度ごとに、当該会社の商号、当該会社の属する企業集団及び当該会社の経理の状況その他事業の内容に関する重要な事項その他の公益又は投資者保護のため必要かつ適当なものとして内閣府令で定める事項を記載した報告書(以下「有価証券報告書」という。)を、内国会社にあつては当該事業年度経過後三月以内(やむを得ない理由により当該期間内に提出できないと認められる場合には、内閣府令で定めるところにより、あらかじめ内閣総理大臣の承認を受けた期間内)・・中略・・に、内閣総理大臣に提出しなければならない。・・後略・・”

このように、有価証券報告書は、決算日後、3か月以内に提出しなければならないのが本来の提出期限です。しかし、「やむを得ない理由により当該期間内に提出できないと認められる場合」には、期間の延長を申請して承認を受けることになっています。

「やむを得ない理由」は、企業内容等開示ガイドライン24-13(1)で例示されています。

① 電力の供給が断たれた場合その他の理由により、当該発行者の使用に係る電子計算機を稼動させることができないことによる債務未確定等を理由として、提出期限までに財務諸表又は連結財務諸表の作成が完了せず、又は監査報告書を受領できない場合

② 民事再生法に基づく再生手続開始の申立てによる債務未確定等を理由として、提出期限までに財務諸表又は連結財務諸表の作成が完了せず、又は監査報告書を受領できない場合

③ 過去に提出した有価証券報告書等のうちに重要な事項について虚偽の記載が発見され、当事業年度若しくは当連結会計年度の期首残高等を確定するために必要な過年度の財務諸表若しくは連結財務諸表の訂正が提出期限までに完了せず、又は監査報告書を受領できない場合であって、発行者がその旨を公表している場合

④ 監査法人等による監査により当該発行者の財務諸表又は連結財務諸表に重要な虚偽の表示が生じる可能性のある誤謬又は不正による重要な虚偽の表示の疑義が識別されるなど、当該監査法人等による追加的な監査手続が必要なため、提出期限までに監査報告書を受領できない場合であって、発行者がその旨を公表している場合

⑤ 法第24条第1項各号に掲げる有価証券の発行者が外国の者である場合であって、当該者の本国の計算等に関する法令又は慣行行等により提出期限までに有価証券報告書を提出することができない場合

つまり、提出期限の延長が認められるのは、過去に提出した有価証券報告書等のうちに重要な事項について虚偽の記載が発見され、財務諸表若しくは連結財務諸表の修正が提出期限までに完了できない場合、又は監査法人等による追加的な監査手続きが必要なため、提出期限までに監査報告書を受領できない場合等に限られています。これ以外のケースでは、延長の申請があっても承認されず、期限を守れない場合には、罰金や上場廃止(1ヶ月を超えて遅れる場合等)などのペナルティが科される場合があります。

期間の延長がどのくらい認められるかについては、明確な基準は設けられていませんが、東芝のように2ヶ月以上に渡って延長が認められるケースは稀で、通常、1ヶ月程度、延長が認められているケースが多いです。

また、有価証券報告書の提出期限延長の承認の手続きは、開示府令第15条の2第1項に記載されており、具体的には以下の記載が必要となります。

(1)  当該有価証券報告書の提出に関して当該承認を受けようとする期間

(2)  当該有価証券報告書に係る事業年度終了の日

(3)  当該有価証券報告書の提出に関して当該承認を必要とする理由

(4)  延長申請による承認を受けた場合及び(3)に規定する理由について消滅又は変更があつた場合に直ちにその旨を多数の者が知り得る状態に置くための方法

さらに、申請書類には以下の書類を添付しなければならないものとされています(開示府令第15条の2第2項)。

①定款又はこれに準ずるもの

②前記(3)に規定する理由を証する書面

これらの書類提出の準備、財務局や東京証券取引所への確認・状況報告、TDnet上での適時開示、監査法人との調整等々、提出書類の期限延長の手続きを行うに当たっては、やらなければならないことが沢山あります。万が一の事態に備え、今回ご紹介した開示ルール等をチェックしておくことをお勧めします。

失敗しない訂正報告書の作成実務①

当社では、昨年ぐらいから、訂正報告書の作成について実務の相談を受けることが多くなり、訂正報告書の作成支援を請け負うケースも増えてまいりました。その背景を調べてみたところ、不適切開示の件数がここ数年、増加傾向にあることがわかりました。

東京証券取引所では、適時適切な開示に対する上場会社の意識向上を図る観点から、2003年5月より毎月、不適切な開示に対する注意件数について公表しています。2015年度(2015年4月~2016年3月)の注意件数は、調査開始以来、過去最多となる309件を記録しました(東京証券取引所調べ、但し現物市場統合前の大阪証券取引所における不適正な開示については含まず)。

不適切件数

日本取引所グループ公表資料を基に当社で集計、表作成

同様に、東京商工リサーチの調べによれば、2015年度に「不適切な会計・経理」を開示した上場企業は58社で、2007年4月の調査開始から年度ベースで最多を記録したそうです。

東京商工リサーチ調べ

調査結果によると、具体的な内容では、「誤り」など単純なミス以外に、「着服」、「業績や営業ノルマ達成を動機とする架空売上」、「循環取引」など、コンプライアンス意識の欠落や業績低迷を糊塗した要因が多かったようです。

訂正報告書の作成実務に関しては、これまで経験したことのある実務担当者は極めて稀です。加えて、訂正報告書の開示書類作成に関して体系的に実務手順を解説している文献がほとんど存在せず、実務研修等のセミナーも多くありません。ですから、いざ、連結財務諸表等の遡及修正をして訂正報告書を作成しなければならない事態が生じると、多くの上場会社では、これまで経験したことがない実務に困惑し、焦燥に駆られ、不眠不休の対応を迫られる・・・といった状況に陥ります。

そこで、本ブログを通じて、上場会社のCFO、経理・開示実務担当者の方々を対象に、訂正報告書を作成する上で参考になるであろう話をお伝えしてまいります。

東芝 PwCあらた監査法人の起用を発表

会計不祥事を受けて会計監査人の交代を検討していた東芝は、1月27日、現任の新日本監査法人の後任にPwCあらた監査法人を起用すると発表しました。

今後、2016年6月開催予定の定時株主総会に提出する会計監査人の選任に関する議案の内容を決定し、定時株主総会に上程される予定だそうです。

東芝プレスリリース

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IASBフーガーホースト議長 が来日

IFRS(国際会計基準)の設定主体であるIASB(IF)のハンス・フーガーホースト議長が2015年12月21日、東京でIFRSの状況に関して説明し、日本でのIFRS任意適用の拡大を評価する一方、日本版IFRSともいわれるJMIS(修正国際基準)については「意見発信の手段と理解している」との見方を示したそうです。

IT PROの記事

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不適切会計とガバナンス

先日、東芝の会計不祥事を巡り、証券取引等監視委員会は行政処分として、月内(2015年11月中)にも同社に課徴金を科すよう金融庁に勧告するとの報道がなされました。課徴金は70億円を超え過去最高額となる見通しです。今回は、このニュースに関連して、不適切会計に関しての私見を述べたいと思います。

東芝に限らず、不適切な会計処理をしていたことが第三者委員会の調査等で発覚し、決算を遡及して修正している上場企業は、近年、増えております。これら訂正報告書を提出している上場企業の内部統制報告書を閲覧すると、ほとんどの会社において、その対象期において内部統制上の不備はなかったとの報告書が提出されていました。にもかかわらず、不適切会計に起因する財務諸表の虚偽記載が行われるケースが後を絶ちません。

いったい、何故、東芝のように革新的なコーポレートガバナンス体制を採っているとされている企業でさえ、このような不祥事が発生してしまうのでしょうか?

2015年7月20日に公表されました同社の第三者委員会の調査報告書によれば、工事進行基準案件に係る会計処理等において不適切な会計処理が行われていることが判明したとのことです。その背景として、事業戦略上の必要性から入札に勝つために、具体的な裏付けのないコスト削減策が含まれた工事原価総額が使用され、あるいは、受注後の仕様変更等により追加工事が発生したにもかかわらず、正式な注文書を発行せず、減額交渉を行っていること等を理由に見積工事原価総額に含めないなどして、工事原価総額を過少に見積られていたと報告されました。また、契約受注時点から赤字が見込まれていた案件や工事期間中に赤字になる可能性が高まった案件についても、トップダウンの指示や予算目標必達のプレッシャー等を背景に、引当金の計上を回避し、損失計上の先送りが行われたようです。

他の不適切会計の事例を調べても、東芝のケースのように、形式的には、各事業部から独立した管理部門や内部監査部門など牽制機能を発揮するように組織は整備されているものの、実質的には、機能不全に陥っているケースは多いようです。すなわち、各事業部の責任者が承認しなければ引当金の計上や工事原価総額の修正を行うことはできない組織風土になっていて、経営者による不正リスクに対する内部統制が機能していないということです。東芝の会計不祥事の発生経緯も、まさにこの機能不全が原因であったと調査報告書には記載されています。

そして、その根幹には、日本企業特有の「馴れ合い」によるガバナンスが行われているという実態があると私は思います。経営陣が短期的な業績にこだわる背景には、社内の出世・派閥争いや財界での地位への執着等があり、周囲の人間は皆それらの事情を知っています。ですから、暗黙の了解のもと、無理な決算が組まれ、それが是正されずに決算発表されてしまうという構図が生まれるのです。

企業業績の実態が歪められて株主・投資家に伝えられることのないよう、受注損失引当金や工事進行基準における工事原価総額などを信頼性を持って見積れる社内体制にあるかを今一度、再検証するとともに、厳格なルール作りをすることが重要です。そして、「馴れ合い」の組織風土を変え、経営者自らが行う不正を牽制する「仕組み」を構築することこそが、企業の持続的な成長につながり、結果として従業員のモチベーション維持、企業価値の向上につながるのではないでしょうか。